2016年01月25日

生きるチカラ

こんばんは、まゆまゆです。

今日、若い俳優仲間のお通夜が営まれています。

年が明けてから、会うことはありませんでした。

最後にあったのは昨年12月。
皆でランチしたな。
楽しかったんだけどな。。

彼は自ら命を絶ってしまいました。

その理由は誰にもわからないまま。

あまりに突然の知らせで、まだ、よく理解できない。


まだ20代、本当にいろいろな意味で、これからの人生なのに。

辛いことも、悲しいことも、苦しいこともあるかもしれない。
でも、かならず楽しいこと、嬉しいこともあるのに。

悔やまれてならない。

どんなに生きたくても、生きることができなかった友人がいます。
それも何人も。

一番忘れられないのは、最初に亡くなった友人Sくん。

小学校5年生の時だった。

5年生になってすぐ、5月頃から病気で入院して学校に来なくなった。
先生の話では、また元気になって学校に戻ってくるから、そしたら仲よく遊んでね、ってことだった。

でも、現実は違った。

病名は「再生不良性貧血症」
当時、1万人に一人の割合でしか発症しないと言われていた珍しい病気だった。

サッカーが好きで、ちょっといたずら坊主で、笑顔の可愛い人懐っこい少年だった。
男の子の友人が多かったまゆまゆも、よくサッカーに入れてもらって遊んでた。

その年の12月、突然の訃報。
まゆまゆの誕生日の2日前にSくんは亡くなった。

全校集会が開かれて、Sくんが亡くなったことを知らされた。
子供ながらにショックだった。
何で本当のことを教えてくれなかったんだろうって。

一度くらいお見舞いに行けたかもしれなかったのに。
顔を見に行くことができたかもしれないのに。

そのあと、クラスに戻ってから担任の先生から聞いた話。

Sくんは、元気だったころの自分をみんなに覚えていてほしいから、
病気の自分の姿は見せたくないって言っていたんだって。

だから、まゆまゆの記憶の中にいるSくんは、今でも笑顔のまま。

Sくんは知っていたんだ、自分の病気のこと。
もちろん、両親が話したわけではない。

でも、自分でわかっていた。自分の命が長くないことを。

それで、まゆまゆたちクラスメイトには笑顔の自分を覚えていてほしいって言ったんだよ。
小学校5年生の男の子が。
どんな思いだったのか、今になってもまゆまゆには想像すらできない。

そして、お腹に弟がいたお母さんに向かってこう言った。

「お母さん、生まれてくる弟には僕と同じ漢字は使わないでね。弟まで病気になっちゃったら嫌だから」

それを聞いたお母さんの気持ちも計り知れないと思う。
どんなに悔しかったことか、どんなに苦しかったことか。
身代わりになりたくてもなってあげられないご両親の苦悩。
本当はもっともっと生きたいのに、大人になりたいのになれなかったSくん。

だから、まゆまゆたちクラスメイトはS君の分まで一生懸命に生き抜くと思う。
たぶん、どんなに辛いことがあっても、自ら命を絶つことだけはしない。

大人になれなかったSくんに顔向けできなくなるから。
他にも何人も病気で亡くなったまゆまゆの同級生たち・・・・

みんな、一生懸命闘病して、頑張って生きてた。
だから、決して死なないでほしい。
どんなに苦しいことがあっても、どんなに辛いことがあっても、生きていればやり直すことができる。

死んじゃったら生き返ることはできない。
何より、生んでくれたお母さんに何て言い訳できる?
自分が命をかけて生んだ子供が自ら命を絶ったら、親はどうしたらいい?

だから、何があっても、生きていてほしい。
それはまゆまゆの友達に限った話ではない。

この世に生きるすべての人たちが、歯を食いしばってでも生き抜いていけるように祈っています。
posted by まゆまゆ at 21:52| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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